「上から叩け」「最短距離でバットを出せ」。少年野球で今も聞く言葉です。
多くのお父さんお母さんも、そう教わってきたはずです。
この言葉を「間違い」と切り捨てる記事は多くあります。この記事はそうしません。言葉と実際の動きは別物で、その差を知れば「上から」という感覚を活かしたまま、子どもに正しく伝えられるからです。
1. 王貞治さんのスイングは、何度だったか
「上から叩け」を広めたのは、王貞治さんと荒川博コーチの一本足打法です。荒川さんは居合の「上から切れ」を打撃に持ち込みました。
王さん自身も「最短距離」「ダウンスイング」と語っています。
2018年7月、テレビ朝日の報道ステーションが、王さんの通算700号のスイングをデータアナリストに分析させました。結果は、インパクトに向かうバット軌道が約17度の上向きでした。
打球速度は前年のMLB平均を10km/h以上上回っていました。
王さんが嘘を言っていたわけではありません。本人の感覚は「上から」で、体が実際にやっていた動きは「やや下から上」だった。
これが、この言葉の正体です。
2. 全年代で、インパクト付近の軌道は「ほぼ水平〜やや上」
日本の測定データ(野球科学研究2018、アマチュア994名・プロ46名、統一バットで最大努力のトス打撃)では、インパクト付近のスイング軌道は次の通りでした。
| 年代 | 軌道の角度 |
|---|---|
| 小学校低学年 | +3.4度 |
| 小学校高学年 | +2.7度 |
| 中学生 | +0.5度 |
| 高校生 | +1.5度 |
| 大学生 | +3.0度 |
| プロ | +2.4度 |
全年代で、わずかに上向きです。「子どもは自然にダウンスイングになる」わけではありません。
米国のセンサーメーカー Blast Motion が公開しているレベル別の典型値も、ユースからプロまで0〜16度で、すべて正(上向き)の範囲です。
3. なぜ「上から」で振ると、上向きになるのか
バットは手元を軸にした円運動です。構えの位置(トップ)はボールより高く、インパクトはボールの高さです。トップからインパクトまでは、必ず下向きに動きます。 ここまでは「上から」が正しい。
ただしインパクトの直前、バットは円の一番低い点を通って、上向きに転じます。投球はマウンドから3〜18度の角度で落ちてきます。
ボールの軌道に合わせるなら、インパクトのバットはわずかに上向きが自然です。イリノイ大学のネイサン教授は、バット軌道を投球の下降角(速球で約6度、変化球で約10度)に合わせるのが、タイミングが少しずれても良い当たりが出る条件だと計算しています。
つまり、「上から」はトップからの入り方の感覚、「やや上向き」はインパクトの実際。同じスイングの、別の場面を指していました。
4. 感覚の言葉と、動作の言葉
トレーナーの中野崇さんは、「上から叩け」を「感覚の言葉」だと説明しています。外から見た軌道と、本人が出そうとしている力の向きは一致しません。
遠心力や慣性で、意図した向きと実際の向きはずれます。
だから、指導者が「上から」と言うとき、多くの場合は次のどれかを補っています。
- トップからバットが遠回りしている選手に、最短で入る感覚を
- ヘッドが早く落ちてしまう選手に、ヘッドを残す感覚を
- 打ち上げようとして体が開く選手に、ボールに向かう感覚を
これらは今も有効です。問題が起きるのは、感覚の言葉を、動作の指示として文字通りに実行させたときです。
本当に上から下へ振り下ろしてインパクトすると、打球は地面に叩きつけられます。ボールの回転を狙って作る指導もありますが、日本の研究(中島ら2020)では、打球の回転は狙って操作できるものではありませんでした。
5. 「ゴロを打て」は別の問題
「上から叩け」とセットで語られる「ゴロを転がせ」は、少し違う話です。MLBのデータでは、ゴロの打率は.239、空中の打球(ライナー・フライ)は.411で、ゴロは損です。
ただし少年野球の守備は大人と違います。捕る・投げる・捕るの3動作が要るゴロは、エラーで出塁しやすい。
短期的には点が入ります。元中日投手の山北茂利さんは、小学生には「12度のライナー」を勧めています。
飛ばない子のフライは捕られ、ゴロはエラーを待つ打撃になる。その中間のライナーを狙う経験が、上の年代で生きるという考え方です。
6. 翻訳結果
- 「上から叩け」→ トップからバットを遠回りさせず、ボールの高さまで最短で下ろす。インパクトはボールの軌道に合わせて、わずかに上向きでよい
- 「最短距離」→ バットは円運動なので直線の最短はない。「遠回りしない」の意味
- 「ゴロを転がせ」→ 小学生は「低いライナー」を狙う。角度の数字は与えない
- 「レベルスイング」→ 地面と平行ではなく、ボールの軌道と平行
元侍ジャパンスコアラーの志田宗大さんは「スタートはやや上からという感覚で、結果的にちょうどいい軌道になる」と表現しています。感覚として「上から」を使い、動作の結果を動画で確かめる。
これが翻訳です。
お子さんのスイングが、実際にどの角度でボールに入っているか。それは言葉では分からず、動画で見て初めて分かります。原因が違えば、必要な練習も違います。
本記事の数値は第三者の研究・計測データであり、当塾の指導実績ではありません。研究の対象年代・条件は本文と出典に記載しています。